日语论文网 修士论文 日语修士论文范文:制度的リーダーシップによる制度化とその後の制度変化

日语修士论文范文:制度的リーダーシップによる制度化とその後の制度変化

第1章 問題意識
我が国の都市は高度成長期を通じて都市外縁部へと水平方向に拡大を続けてきた。しかしバブル経済
が崩壊した1990 年代を境に水平方向への拡大のフェーズから、既存都心部の再生を目指すフェーズへ
と移行した。水平方向への拡大は民間の開発圧力を行政が法的規制によりコントロールするという「デ
ベロップメントによる都市づくり」に主眼が置かれていたが、既存都心部には地権者や住民の利害が既
に複雑に存在しており、これを紐解いて新たなまちづくりを進めていくためには既存の利害を調整する
「マネジメントによる都市づくり」が必要であると近年認識されている(小林, 2004, 93 頁)。こういっ
た認識から日本各地の大都市において、官民の利害をコントロールし、まちづくりをマネジメントして
いく主体としてエリアマネジメント組織が注目され、各地で組織化されている。しかしそれらのエリア
マネジメントの全てが成功し、都市の再活性化に成功しているわけではない。
また都市のまちづくりを担う大都市自治体の視点からすると、こうしたまちづくりの潮流のなかで従
前の規制型行政は既に限界を迎えており、民間の活力をいかにマネジメントして公共目的の実現に活か
していくかがこれらかの都市行政にとって大きな課題となっている。究極的には民間の組織目的は自社
の営利を獲得するという経済性にあり、行政の組織目的はあらゆる住民の福祉を実現するという公共性
にある。経済性と公共性は往々にしてトレードオフの関係にあり、これまでの高度成長期においては経
済性優先のために公害や環境破壊、長距離通勤を強いるいびつな居住環境など、公共性が犠牲になって
きた。こうした傾向は大都市がいずれも抱えてきた課題だが、特に我が国最大の都市である東京ではそ
の傾向が顕著である。
本論ではまちづくりの成功事例を取り上げ、単にその法制度・組織体系を解析するだけではなく、ど
のように経済性と公共性というこれまでトレードオフの関係にあったふたつの目的を同時に達成させ
てきたのかを紐解き、まちづくりのメカニズムを明らかにすることで、大都市行政の政策立案を成功に
導くための理論的視座を獲得することを目的とする。
1.1. 都市としてのライフサイクル
まず初めに、東京が都市としておかれている局面を理解するため、東京の歴史を概観し、まちづくり
研究としての本論の位置づけを確認する。
東京の歴史は破壊と再生の歴史であった。東京の都市としての歴史は、1590 年の徳川家康の江戸入府
に始まる。江戸のまちづくりの歴史は高橋(1999)に詳しい。江戸はかつて太田道灌が居城を構えてい
たとはいえ、江戸地区の大半は複数の河川の河口が集まる泥湿地帯であった。それを豊臣政権下、未だ
地位の安定しない徳川家が、都市としての最終的な規模を想定しないまま始めたのが江戸のまちづくり
の始まりであった。秀吉の死後、徳川家が政治的地位を高めていくにつれ、その本拠地となる江戸は単
に一地方都市ではなく、政治・経済・文化の中枢都市としての機能を求められるようになり、肥大化し
ていった。このように当初の計画を越えて拡大する江戸にとって最初の転機となったのが1657 年の明
暦の大火である。江戸城天守閣が炎上したほか、江戸市街地の6割が灰燼に帰し、死者約10 万余人に
およんだ。この復興計画において、江戸のまちづくりは大きく見直されることとなる。まず江戸城周辺
に配置されていた大名・旗本屋敷がより外縁部となる曲輪外に上屋敷として移転され、丸の内は政庁機
能に特化された。さらに郊外には武家上屋敷の避難用および過密対策としての下屋敷や町人地が配置さ
れ、さらに周縁部に社寺地や農地が配置される。こうして江戸・東京の基本骨格となる同心円系の都市
構造が成立したのである。この復興計画が功を奏して江戸はその都市としての性格を軍事都市から行
政・経済・文化として変革させ、17 世紀の元禄文化から18 世紀の文化文政期と続く成長を受け入れる
都市としてのキャパシティーを獲得していくこととなる。家康入府期にはわずか数百人程度の鄙びた寒
村であった江戸は、徳川家の天下平定とともに約30~40 万人の大都市に急成長し、しばらく停滞する
ものの、明暦の大火後の都市改造によりさらに約60 万人へと急激に拡大したのである。その後も1704
– 3 –
年の元禄大地震や1772 年の明和の大火、1806 年の文化の大火など地震・大火を繰り返し、そのたびに
再建され区画整理と防火のためのオープンスペース拡大を実現させることで、都市としてのキャパシテ
ィー拡大に成功している。江戸はこのように、成長~成熟~停滞~災害による再構築~さらなる成長と
いうサイクルを繰り返すことで、成長してきたのである。
この都市としての成長サイクルは近現代でも続く。幕末の混乱期を越えて明治政府によって首都と定
められた東京は政府の富国強兵策に伴う市街地拡大、1923 年の関東大震災、震災復興による再拡大、太
平洋戦争による戦災、そして戦後復興による再々拡大というサイクルである。こういった都市の栄枯盛
衰はヨーロッパなどあらゆる都市で見られる法則である。Klaassen, Bourdrez and Volmuller(1981)はヨ
ーロッパ148 都市圏を調査し、都市のライフサイクルを4つの段階に分けたモデルを定義している(図
1-1)。すなわち人口が集中し市街地が形成される「都市化」、都心部の過密により市街地が周縁部へ拡大
していく「郊外化」、郊外も含めた過密により人口が他都市へ移動してしまう「逆都市化」、都心部の機
能更新が進み人口の再集中が進む「再都市化」の4つの段階である。2001 年段階での研究ではあるが、
Klaassen et al(1981)のモデルを日本の諸都市に当てはめて検証した池川(2001)によると、戦後復興期
から高度成長期の都市化・郊外化、バブル崩壊後の逆都市化を経て、21 世紀に入ってから再都市化の兆
候を見せているという。
(図1-1) 都市サイクルの4段階 (出典)池川(2001)
池川(2001)はKlaassen et al(1981)のモデルを基に、21 世紀に入ってからの東京が都心部の機能更
新による再都市化という局面に置かれていることを示した。これを実証するように丸ビル(2002 年開
業)、六本木ヒルズ(2003 年)、汐留シオサイト(2004 年)、COREDO 日本橋(2004 年)新丸ビル(2007
年)、虎ノ門ヒルズ(2014 年)など都心部の再開発が加速している。しかし、佐野(2009)が全国82 の
生活圏域1についてライフサイクルの分析を行ったところによると、1980~1985 年にかけては郊外化、
1985~1990 年では逆都市化している都市が多いが、1990 年代以降は必ずしもすべての都市が再都市化
していくのではなく都市の発展衰退プロセスは多様化しているとされる。郊外化のまま推移し都市の範
囲を拡大し続ける都市、郊外化の果てに逆都市化が進みそのまま衰退していく都市、逆都市化を乗り越
えて再都市化を遂げる都市など、様々な経緯を辿る都市があり、すべてがKlaassen et al(1981)のモデ
ルに沿って一方通行的にライフサイクルを辿るわけではない。佐野(2009)はこの調査の中で、「持続可
1 平成14 年国土審議会基本政策部会報告「国土の将来展望と新しい国土計画制度のあり方」において提案され
た「二層の広域圏」という考え方に基づく都市圏域の捉え方のひとつ。複数都道府県からなる『地域ブロック』に対
し、生活関連サービスの維持や地域社会の活力を保っていく観点から複数市町村をひとつの圏域として設定した
のが『生活圏域』である。
– 4 –
能な地域づくりを志向する上で、ライフサイクルにおいて最も避けなければならない段階は逆都市化で
あり、そこから脱却可能かどうかに、生活圏域の臨界点が潜んでいると考えられる」と指摘している(3
頁)。
再都市化が発生する要因については、「クラッセン等の仮説では、その背景が必ずしも十分に説明さ
れていない」(池川2001)が、ヨーロッパなどの諸都市では都心部の建物等都市施設が老朽化により更
新期を迎え、郊外の過密による居住需要を再び受け入れるかたちで都心機能が更新され整理されること
で再び都市化が進むとされている。しかし、単に中心市街地の都市施設の更新により居住需要の受け皿
ができるというだけでは、中心市街地が求心力を持ち続けられる都市とそうでない都市の違いを説明す
るには不足する。
ひとたび都市化し、その都市に関わるステークホルダーの活動が継続的になされるほど、利害が複雑
にからまりあい、利害関係は硬直化すると考えられる。たとえ地理的に魅力的な位置に立地する都市で
あっても、旧来からのステークホルダーの利害が膠着するなかでは大規模な建物等の更新は困難となり、
再都市化の受け皿となるような飛躍的な機能更新は難しくなる。章頭で振り返ったとおり、江戸東京の
歴史においては天災や戦災において市街地が破壊されるとともにステークホルダー間の利害がいった
んリセットされ、強制的に再都市化フェーズへと推し進められてきたという歴史があった。しかし近年
の都市再開発ブームは震災や戦災による強制的な機能更新もなく、高度成長期のような開発圧力もない
中で次々と実現している。
本論では、かつて「丸の内のたそがれ」と呼ばれるほどに衰退しながら世界有数の高度集積市街地へ
と再都市化を遂げた大手町・丸の内・有楽町地区(以下、大丸有地区)のケースを取り上げ、いかして
複雑にからみあった利害が調整され、再都市化を成し遂げるにいたったのか、そのメカニズムを解明し
ていく。
1.2. 本論の構成
本論はまず、まちづくりをめぐる先行研究ではステークホルダー間の利害調整にどのようなシステム
が整備され活用されてきたかが多く調査されてきたものの、そのほとんどが事例蓄積に未だ留まってい
るという課題を示す(2.1.節)そして、その課題に対するひとつの視座として取り入れられつつある
Selznick(1957)の制度的リーダーシップ概念を中心とした制度派組織論の議論を振り返り、まちづくり
をめぐるメカニズムの解明への貢献の可能性を示す。(2.2.節)そして、我が国におけるエリアマネジメ
ント手法の先駆的成功事例として様々な角度から研究がされている大丸有地区におけるエリアマネジ
メントの事例を再整理し、その成立から運用、その後の性格の変化にどのような環境変化、ステークホ
ルダーの思惑、ステークホルダー間の利害の力学が働いていったかを、制度的リーダーシップ概念の視
座から読み解く(3節)。そこで得られた発見事実をもとに、官民が連携した都市再生の成功メカニズム
を理論的に明確化する(4節)。
なお、本論では議論を明瞭にする目的から、敬称を省略することを予めお断りしておく。また、本論
における組織名および役職名は、特に記載のない限りは当時の名称である。
– 5 –
第2 章 先行研究のレビュー
2.1. まちづくりをめぐる潮流
まちづくり研究が扱う対象の事例は、全体として大きく二分されている。ひとつはグローバリズムの
進展により企業や人口の国境を越えた移動が拡大するなかで海外諸都市や国内他地域との都市間の競
争にいかに打ち勝っていくかを意識した、大都市都心部における活性している地域がより優位に立つた
めに展開している都市再生である。もうひとつは人口減少社会において労働者人口が急激に減少し、都
市としての活力が失われていくなかでいかに再活性化をはかるかを意識した、地方都市の中心市街地に
おける衰退していく地区の生き残りをかけた地域再生である(小林2004)。
2.1.1. 競争力強化型まちづくり
大都市都心部における都市再生においては、近年、エリアマネジメントと呼ばれるまちづくり手法が
多く用いられている。エリアマネジメントとは、国土交通省の定義によると「地域における良好な環境
や地域の価値を維持・向上させるための、住民・事業主・地権者等による主体的な取り組み」とされて
いる。具体的には、町内会・自治会などの住民組織やNPO 法人、事業主、地権者がエリアマネジメン
ト推進組織を形成し、行政との役割分担・協働により個々の建築ごとの開発ではなく、建築協定やガイ
ドラインを設定してエリア全体を一体的に開発・管理していく取り組みである。
このような都心部におけるエリアマネジメント手法による再開発が活発になるのに伴い、都市計画学、
建築学、不動産学の分野では都心の機能更新のあり方を巡る議論が活発になっている。
渡辺(2005)は大丸有地区のまちづくり組織(Town Management Organization、以下、TMO) である
大丸有エリアマネジメント協会の設立と取り組みを概観し、「個人と企業が協力して運営を行う一方で、
団体自身が、個人、企業、官のいずれとも異なる主体として、街の魅力を高めエリアを持続的に発展さ
せるため、積極的な活動を行っている。」として「その活動は、エリアマネジメントの先駆的な実践とい
えよう。」と評している。渡辺は「地域や都市にとって国内外の地域間競争が不可避となっている」と捉
え、「地域間競争において勝ち残れるかどうかは、地域や都市の魅力を高められるかどうかにかかって」
おり「公共的空間の活用は地域や都市の魅力を高めるための重要な要素である。」としている。また「地
域間競争の激化は、人々にとっての自らの関わり得る公共的空間の必要性の程度を高め、エリアの帰属
を求める動きを促進する。」そのため地域に関わる様々な人々が公共的空間を共有し、その魅力向上に
連携して取り組むエリアマネジメントが重要であると説く。
小林(2015)はエリアマネジメントという仕組みの必要性を「成長都市の時代は終わり、成熟都市の
時代に移行している」ことに求めている(10 頁)。すなわち「成長都市の時代にはディベロップメント、
『開発』により都市を『つくる』時代であるとされ、成熟都市の時代にはマネジメント、『管理運営』に
より都市を『育てる』時代である」ため、まちづくりを管理するエリアマネジメントが必要となるので
ある。『つくる』時代においては、「官(行政)は、地区を越えた都市全体を対象とした規制などにより、
平均的、画一的な都市づくりを進めるのには適している」。しかし『育てる』時代において、しかも都市
間競争が激化する時代においては、「積極的に地域特性を重視し、地域価値を高める都市づくりが必要
になる」ため、「従来の平均的な、画一的な都市づくりでの民間と行政の関係では対応できない状況が
生まれており、地区を単位として、その地区の地権者、事業者などの民間の関係者が地域特性を生かし
た地域づくりを進めることが必要」である。その協議体としてエリアマネジメントの重要性が増してい
るのである。

……………………………………………………….

……………………………………………………………………………………………..

由于篇幅所限,此处不能完全刊载论文全部内容,如需完整论文内容,请到本站下载频道去下载全篇论文的完整word文档!

 日语论文免费下载>>>

本文来自网络,不代表日语论文网立场,转载请注明出处:http://www.rylunwen.com/xiushi/1506.html

作者: admin

发表评论

您的电子邮箱地址不会被公开。

<
收缩